ハロウィンで思い出した

就職してから仮装なんてしていないなと思ったけど、そういえば日本語学校の授業で、ある動詞の活用を教えるときにはいつもやっていたことがありました。

命令形、禁止形を教えるとき。

授業の冒頭数分で「あ、すみません、忘れ物してきたのでちょっと職員室に戻ります」と言って教室を出て、黒っぽい服を羽織ってその他の小道具(ニット帽、サングラス、マスクなど)を身に付けて戻ります。

衣装としては全然手が込んでいないのですが、あとは動きでカバー。

ドアをバターンと開けて、小道具のおもちゃのピストルを構えます。

予習ができている学生はいるので、ここで「キャー!それは『手を上げろ』ですー」「『金を出せ』ですー」と反応が来る、という段取り。

命令形や禁止形はそのままを自分で発話することはあまりないので、最初は、場面を設定して、その登場人物の発する文で示すことになるでしょう。

できるだけ、ピクチャーカードで示すよりインパクトの強い、場面の再現という方法にしていました。

この課、かつてはそれですんなり進んだのですが、10年ぐらい前からドアをバターン!で登場すると、いっせいに携帯電話を向けられるようになってしまい、ちょっと遊んでから口頭練習にせざるを得ず。

無駄があっていい授業ではないと思いますが、リラックスした頭と心が発話を滑らかにするという言い訳をしておきます。

写真は、携帯電話を向けた学生からもらったものです(2006年)。

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突然の質問、答えられなかったら「私の宿題にします」でいい?

5月1日に出産したのですが、その直前ぐらいから家で仕事をしています。日本語教育能力検定試験対策講座の仕事です。

その受講生とネットや通信添削課題でつながっています。

やりとりをしていると、去年まで授業をしていた日本語教師養成講座の受講生によく話していたのと同じことを伝えたくなります。

通信でも通学制でも変わらないですね。

たとえば、授業中学習者に言葉の意味や類義語の違いなどを質問されたけど答えがわからず説明できない場合どうしたらいいか、というのはしょっちゅう受講生から聞かれました。

「わからないので調べてきます、私の宿題にします、でいいんですよね?」と言う受講生が多かったのですが、これでは私はぎりぎり及第点かなと思っています。

母語であっても、聞かれるとわからないことはとても多いです。だから、学習者の質問にとっさに答えられないことも多い。

ただ、その都度「私の宿題に」と言っていたらどうでしょう。「この先生大丈夫なのかな」と信頼されなくなる心配、ありませんか。

私の方法は、その場で答えられることはちょっとでもいいから答える、です。

類義語の違いだったら、Aは書き言葉、Bは話し言葉でよく使う、そんなことでもいいです。

そして「ほかにも違いはもちろんあるんですけどね、でも今はみなさんがやっているテキストを終わらせましょう。これは今日中に終わりにしなければいけないので。さっきの質問にはまた後で答えます。」

本当は答えがわからないんだけどね~。

それで、授業が終わったら即、死に物狂いで調べまくる。答えを出す。

次の授業の冒頭で「さっきの質問、あのときはテキストを終わらせなければいけなかったから少ししか説明しなかったけど、今時間があるので説明しまーす。」

これです。

大事なのは、突然質問が挙がったときにその場で答えられることが増えるよう、日々訓練し続けることです。

類義語の違いなんてよく聞かれます。

毎日のトレーニングです。

授業とは関係なく、急に思い立ったことを質問してくることがあります。

私はこれを「大喜利」と心の中で呼んでいます。

そして思わぬところから、思わぬ方向に質問が次々来たりします。

これは「千本ノック」と心の中で呼んでいます。

悪気のない差別とこれから

はんこ屋さんに行きました。
複合姓である私の名字で作ってもらうため、その説明をしたら、私の出っ張ったお腹から、自然な流れで少々立ち入った話を聞かれることに。
最初はよくある世間話なので、気にせず合わせていましたが、だんだん…。

典型的な面倒くさい話
「ハーフの子かわいいですよねー、楽しみですねー」
→そういうの本当に興味がないので、適当に流すと、相手はものすごい勢いでさらに意見を強く主張してくる

「旦那さんってどちらの国の人なんですか」
ハンガリーです」
「かっこいいー」
→国名言っただけ

ベルギーって何語なんですか」
→いや、ハンガリーです

他の従業員が休憩から戻ってくると、
「お腹の子、ハーフちゃんなんだってー、旦那さんガイジンさん」
→「ちゃん」や「さん」を付ければ、何言ってもいいのか?

我が家でこの先心配しているのは、周囲の無意識の差別。
言う側は悪気がないのでしょう。
だから余計にたちが悪い。

日本で生活する外国人が増えて、めずらしくなくなっても、多くの人の意識は変わらないままなのでしょうか。
今までも夫は好奇の目で見られてきました。
本人はそう言います。
「日本語上手ですねー」「お国はどちらですか」
いつも内心うんざりしながら答えていた夫の気持ちがわかってきました。
これからしばらくは私も少し関わることになるのでしょう。
悪気のない差別に気がついてもらえるよう、自分の仕事を生かしていきたいと思いました。
(それから、個人的にはイライラしないかわしかたを早く会得したいです。)

古い教授法批判もわかりますが

構造シラバス、文型積み上げ式の日本語教授法に忠実に沿っている日本語学校はいまだに多いのですが、

なぜそんな時代遅れのことをやっているのか、変わらないのか、といった声もよく聞きます。

そして『みんなの日本語』を使うのが定番という風潮。

私は今は個人で教えていますので、それぞれの学校の事情はわかりません。

ただ、過去に国内の日本語学校に勤めていて思ったことがあります。

文型積み上げ式や『みんなの日本語』を選択するのは、そうせざるを得ない状態から抜け出せないからではないかということです。

教師の定着率が低いのです。

入っては辞め、また別の人が入っては辞め、これは教師の待遇がよくないからということもあると思いますが、この仕事をしている人がよくも悪くもフラフラしているからです。

経験を積んだら海外で働こうと考える人が多い、ほかの業界ではここまではいないでしょう。

教師の定着率が低いと、学校は経験の浅い教師でもとにかくかき集めなければなりません。
そして教え方の引き出しが少ない教師を抱えていても、学校全体としてはある程度のクオリティを保ちたい、

そうすると、使い方がいろいろな形で公開されていて副教材も充実していて、といった、メジャーな『みんなの日本語』がひとまず採用されるのではないでしょうか。

つまり国内の日本語学校の多くは、チェーンのファストフード、ファミリーレストラン状態なのです。

学生などで数年しか続けられないアルバイトばかりだけど、ある程度のサービスを提供しなければならないチェーン店の事情と同じです。

みんなの日本語』はチェーン店の接客マニュアルといったところで、これは学習者のためのテキストではなく、教師のためのテキストだと考えます。

タスク達成のための日本語教育をしたい、それはわかりますが、

そのタスク達成に至るまでに学習者にどんな困難点があるのかなど、先回りして教師は準備をしなければなりません。

経験の浅い教師にはその困難点が何なのか、細かく見抜くことはなかなかできません。

どんな困難点があるのか、タスク達成型ではなく、構造をベースにマニュアル化してくれているのが『みんなの日本語』です。

文型積み上げ式やメジャーな教科書を批判するのは簡単ですが、業界全体の事情からも原因を考えるべきではないでしょうか。

突破口としては、飲食店チェーン本部のいろいろな挑戦を参考にするとか?

ビジネスとしては日本語教育業界よりずっと進んでいますから、結構本気の意見ですよ。

日本語教師になんてなりたくない!

日本語教師になるための勉強をしている人と話をしていたときのこと。

日本語教育機関に属しながら、裕福ではないエリアの学習者にもICT機器を普及させて教材を作りたい、協賛してくれる人や企業を集めるには、などの話をしてきて、

そこまでの熱意があるならフリーで日本語教育の仕事しちゃえば?と話したところ、「日本語教師になるつもりはないんです。多分定年とかまで」と言われました。

この仕事は今の自分には合っていないと思ったようです。


若い彼女は、素直な気持ちで自分とこの仕事が合わないと思う理由を話してくれました。

  • やたらと「忙しい」「忙しい」ばかり言っている、しかも低収入
  • 時間外まで学習者のために教える仕事をし続けて、それを美徳のように考えている(教案や教材作成は別として)

おっしゃるとおりです。

全く嫌みがなく、本当にそんな教師ばかりではよくないなぁと思いました。

そして、私が答えたこと。


一つ目の理由に対して、

忙しいのはこの仕事だけの話ではないので何とも言えませんが、待遇がよくないのは努力と工夫で変えることができます。でも何もしない人が多いと思います。

(そりゃ年収1000万円レベルはこの業界にほとんどいないと思いますが。)


二つ目の理由に対して、

私も時間外で、日本の大学・大学院入試のための、願書や志望理由書の書き方、面接試験の練習など毎年何人も担当してきました。
私が所属していた学校は、分刻みの残業代は出ないにしても担任手当が出ていたので、経営者側も配慮してくれていたと感謝しています。
運もありますが、いい組織を選んで働くのも大切ですね。

また、時間外でそれらをすることについて、私は自分のためだと思っていました。美徳だなんてちっとも(学生には失礼かもしれませんが)。

外国人の大学・大学院入試事情を知る、ノウハウを身に付ける、自分にとっての勉強の時間だと思っていました。
これらを知れば、他の機関へ移るときにも自分の「売り」にもできます。
教材を開発することもできるかもしれません。

同じ時間外労働でも、その意味をどう捉えるかで変わってくるのではないでしょうか。


彼女とはこれから進む道は違いますが、これからも付き合いを続けたいと思いました。

ただ、彼女がそう思ってくれるかは、わからないけど~(^ ^;

わが家のピア・レスポンス

外国人である夫がパソコンのモニターを買い換えるため、今まで使っていたのをヤフオクに出すことにしました。
そのときの商品説明はかなり気を遣いました。少しでもネイティブらしくない不自然な表現や語を使えば、多分買い手がつかなくなると思ったからです。
慎重に夫が文章を書いては私が読む。同じ学習者同士ではないけど、ピア・レスポンスしてるなぁと実感しつつ。これを何度か繰り返して出品した結果、予想外の高額で落札されました!

そのとき私は、ヤフオクの出品準備から発送まで、日本語のひとつのタスクになる、それに学習動機も高まる(だってお金がからんでるし)としみじみ思いました。

人に伝えるために大事なこと

日本語教師養成講座で担当している実習生との関わりで、私自身の考えを伝える機会がたびたびあったので、忘れないためにもここに写しておきます。

サボりがちな自分に言って聞かせたいことばかりです。

 

失敗しても動じないようにすることが必要だと思った、という実習生の振り返りに対して

  • 失敗しても動じないでいるためには、きちんと作った教案を暗記しているぐらい叩き込んでいることがまず前提。建物と一緒で、土台がしっかりしていれば、上のデザインやプランが途中で多少変わっても、どこまでなら変わっても崩壊しないか、即座に計算できます。

例文や場面の提示でときには演技が必要であるが、それも上手ではないので練習しなければいけないと思った、という実習生の振り返りに対して

  • 演技するのが上手ではないという自覚があるなら、そのまま練習を重ねるのはあまりお勧めできません。絵やダンス等で考えても、上手ではない人が一人で練習を続けてもあまり上達しないのではないでしょうか。一人で練習するなら演技の勉強に関する本や動画を利用するのはどうでしょうか。
  • ちなみに、私が学習者の前で場面を理解してもらうために演技をするときは、うまいも下手もなくて、「学習者がここをわかってくれなければ!」という思いからだけです。リハーサルはしますが、演技の練習はそれほどしていません。

 

授業以外では饒舌なのに、実習の振り返りなどは抽象的でごく一般的なことばが多かった人と話して、それとなく…

  • プレゼンや授業や、はたまたお笑いなども根っこは同じだと思います。聞き手を引き込みたかったら、自分の骨にまで染み込んでいることばで伝えなければ伝わりませんよね。上っ面のことばでは話し手である自分でさえ引き込めません。
  • それから、日本語そのものが商売道具なわけですから、商品を心から好きであることが必要ですよね。世の商売人と同じように。

 

あまりPCを使い慣れておらず、ネットで教材のヒントや教師の学習の機会を得ることに苦手意識がある人と話して、それとなく…

  • 日本語教師に限らず、どの職業でも常に学び続けていないといけないと言われますよね。あらゆることの変化のスピードが今はとても速いので、昔のスピードとは違うのだということを理解しておきたいです。

 

全部自分へのメッセージです。

ところで、こちらのコメントばかり並べるとなんだか口うるさい人間のようですが、でもいつも思うのは、

自分が教師として化石化しそうなところをいつも実習生さんに救ってもらっている、ということです。不慣れなことに一所懸命一から取り組んでくれる実習生さんに感謝しています。