Good job! ら抜き言葉

現在のメインの仕事は、これから外国人に日本語を教えたいと思っている人たちに、その方法を教えることです。

そこでよく「正しい日本語を知っておかないといけないんですか」と聞かれます。

実は、きちんと勉強して日本語教師をやっている人は多分「正しい日本語」という言い方はしないはずです。私も意識してはいませんが、もちろんその言い方はしません。

かといって「言葉って時代とともに変わっていくものですもんね」なんて簡単にもまとめません。

 

先日、そんなやりとりのときにした話。

「たとえば、ずいぶん前から『ら抜き言葉』っていうのがありますよね。もう古い話かもしれませんけど、あれは、乱れではなくてこの時代に生まれなければならなかった文法なんですよ」と、ちょっと説明する時間をもらいました。

 

かつて学生時代、古典文法で助動詞の活用を勉強したと思いますが、その筆頭「る」「らる」を覚えていますか。

その助動詞の意味は、可能、尊敬、受身、自発。ちょっと思い出しましたか。

それは現在の「れる」「られる」です。

 

では、この例文を見てください。

「先生、おまんじゅう食べられましたか」

ここにいろいろな状況や登場人物を想像して当てはめると、上の3つの意味で使うことができます。

  1. 先生はその(あの)おまんじゅうを食べることができましたか。(先生は甘いのが苦手と言っていたけど)
  2. 先生、おまんじゅうを召し上がりましたか。
  3. 先生、あのおまんじゅうを取っておいたら、他の人に取られてしまったんですか。

1.は可能、2.は尊敬、3.は受身ですね。

4つ目の「自発」は、現代では使われる動詞が限られていて、「~に思われる」「しのばれる」など一部の動詞だけです。

「(ら)れる」一つに3つ(4つ)の意味を持たせている、というのは、非常に厄介です。

実際、私もこれで10代の頃「え?今のどういう意味?(可能?尊敬?受身?)」と友人に聞かれたことを覚えています。

テンポのいい会話を止めてしまうのです。

それがなくても、聞き手が前後の文脈から一瞬意味を考えなければなりません。

スピードが求められる現代、これはかなりコミュニケーションの効率を悪くします。

この3つの用法の中で一番使用頻度の高いものは「可能」ではないでしょうか。

では、この形を少し変えてしまえということで、「おまんじゅう食べれましたか」のら抜き言葉が登場したと言えます。

 

ただし、ここでら抜きになるのは一段活用(見る、食べる、寝るなど)の動詞とカ行変格活用の「来る」だけです。

 

五段活用(書く、飲む、走るなど)とサ行変格活用「する」は、

  1. 書ける、飲める、走れる、できる(可能)
  2. 書かれる、飲まれる、走られる、される(尊敬)
  3. 書かれる、飲まれる、走られる、される(受身)

と、ら抜きなどの新しい文法を取り込まなくても、すでに可能だけ形が違います。

 

それから、尊敬や受身に関しては、それぞれ前後の文脈や使用する助詞が違うので、同じ活用でも今のところ大丈夫だと言えます。

 

「ね、ら抜きで話し始めた人ってすごいと思いません?」

こんなことを授業の時間外で話したら、とても面白がってくれました。

 

私は日本語を仕事の道具にしている者として、「正しい日本語は~」とも言わず、簡単に「言葉は変わるもの」とまとめてしまわず、

「どうして変わったんだろう」「どうしてこんな言葉が生まれたんだろう」とその過程を考え、原因にたどり着くことを大切にしています。