古い教授法批判もわかりますが

構造シラバス、文型積み上げ式の日本語教授法に忠実に沿っている日本語学校はいまだに多いのですが、

なぜそんな時代遅れのことをやっているのか、変わらないのか、といった声もよく聞きます。

そして『みんなの日本語』を使うのが定番という風潮。

私は今は個人で教えていますので、それぞれの学校の事情はわかりません。

ただ、過去に国内の日本語学校に勤めていて思ったことがあります。

文型積み上げ式や『みんなの日本語』を選択するのは、そうせざるを得ない状態から抜け出せないからではないかということです。

教師の定着率が低いのです。

入っては辞め、また別の人が入っては辞め、これは教師の待遇がよくないからということもあると思いますが、この仕事をしている人がよくも悪くもフラフラしているからです。

経験を積んだら海外で働こうと考える人が多い、ほかの業界ではここまではいないでしょう。

教師の定着率が低いと、学校は経験の浅い教師でもとにかくかき集めなければなりません。
そして教え方の引き出しが少ない教師を抱えていても、学校全体としてはある程度のクオリティを保ちたい、

そうすると、使い方がいろいろな形で公開されていて副教材も充実していて、といった、メジャーな『みんなの日本語』がひとまず採用されるのではないでしょうか。

つまり国内の日本語学校の多くは、チェーンのファストフード、ファミリーレストラン状態なのです。

学生などで数年しか続けられないアルバイトばかりだけど、ある程度のサービスを提供しなければならないチェーン店の事情と同じです。

みんなの日本語』はチェーン店の接客マニュアルといったところで、これは学習者のためのテキストではなく、教師のためのテキストだと考えます。

タスク達成のための日本語教育をしたい、それはわかりますが、

そのタスク達成に至るまでに学習者にどんな困難点があるのかなど、先回りして教師は準備をしなければなりません。

経験の浅い教師にはその困難点が何なのか、細かく見抜くことはなかなかできません。

どんな困難点があるのか、タスク達成型ではなく、構造をベースにマニュアル化してくれているのが『みんなの日本語』です。

文型積み上げ式やメジャーな教科書を批判するのは簡単ですが、業界全体の事情からも原因を考えるべきではないでしょうか。

突破口としては、飲食店チェーン本部のいろいろな挑戦を参考にするとか?

ビジネスとしては日本語教育業界よりずっと進んでいますから、結構本気の意見ですよ。